いずみ会は、旧都立大泉中学校・都立大泉高等学校の卒業生で構成される同窓会組織です

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海外経験がご豊富な高校14期・玉山昌利さんから海外紀行をお寄せいただきました。
今回はシンガポール編、これからも各国でのご経験をお寄せいただけることを期待しています。

      紀行文 シンガポール    玉山昌利

Would you let me know your name please?

今からおよそ17年前65歳の時、私は人生最後の就職をしました。そこは群馬伊勢崎の小さな電機メーカーでした。

この会社はコンピューターの小さな部品を造っており、シンガポールに協力会社がありました。当然シンガポール担当の社員が毎日連絡を取り合っていました。

 ある時電話が鳴りシンガポールからの電話でした。担当者が席を外していたのでしょう、私は彼が見つからないのでお客様の御名前をお聴きして電話を置きました。たったこれだけのことだったのですが、次の連絡で、大事件が起こりました。シンガポールの彼は私の英語が大変素晴らしいと最上の褒め言葉で褒めちぎってくれたのです。

この話はすぐに会社中に拡がりそして部長、社長の耳に入りました。

私は国際協力事業団から英語でインドネシアに派遣された時のことです。休暇でマレーシアとシンガポールに家族旅行をしました。マレーシアはインドネシア語も通じて大変よい思いをしました。そしてシンガポールに入ったのですが、彼らの使う英語が猛スピードの英語で全く”ちんぷんかんぷん”でお手上げでした。ここは人種の“るつぼ”でしたからいわゆる公用語は7種類ありました。

多分この7か国語がごちゃ混ぜになった発音をしているのでしょう。その後セントーサ島に見学に行った時、娘がバスの中にカメラを忘れたので、すぐに警察に寄りました。

私は前日の会話で英語は難しいと感じていたので、全てインドネシア語に変えて話しました。これが当たって警察官は熱心に私の話を聞いてくれました。そして最後に私はカメラケースの色を説明した時、警察官は引き出しを開け、これかい?と言ってくれました。娘と私はつい日本語でそれそれと叫んでしまいました。無事に戻ったカメラを手にした私が帰る時に警察官が私を呼び止めて、日本に帰ったらシンガポールの警察官が良い人だったと宣伝してくれと言う。私は必ず言いますから安心してと返事をして帰りました。

 私は長年英語を使って生きてきましたが気を付けてきたことが一つありました。英語の丁寧語を注意して学ぶこと。特に女性は受付係を任されることが多く、私は注意をして彼女らの会話を聞いていました。その時見つけた会話が頭の文章です。これは最上級の敬語です。

目上の人を敬う気持ちが入っており、人を気分良くさせる言葉です。

 それから私はその電機会社の中で大変優遇されて良い思いをしました。社長も最初は大分私の能力を疑っている様でしたが、その後は大変評価してくれました。


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